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2007年10月27日 (土)

事実と真実

 健康食品を熱心に勧められたことがある。とにかく体に良いということで、これを飲み続けることで、免疫力や集中力が高まり、風邪も引かなくなり絶好調だというのだ。いろいろな成分が入っていて高価だが、アメリカの有名な大学教授のお墨付きだからまちがいない。何よりも論より証拠、どの病院に行っても治らなかった私の病気がたった3ヶ月で治った。効果を信じないというなら、この事実はいったいどうなるんですか?と勝ち誇ったように言われた。

 ご本人が、その健康食品の効果を固く信じて疑わないのも、こんないい物を一人でも多くの人に教えてあげたいと思っておられるのも事実だろう。そこに悪意はない。しかし、私は何とも言えない不愉快な気分になった。それは何故かと考えてみて、2つのことに気付いた。

 まずは、難しい話はどうせ我々にはわからない、それなら偉い人の言うことを信じるのが賢い選択だという考え方。私の疑問など、アメリカの大学教授の前ではホコリ程度にもならない。もっと謙虚にならないと損ですよ、とも言われたがそれはちがうだろう。それは「自分の考え」というものを否定する、大変情けない態度ではないだろうか。「あなたの考えなど、取るに足らないものですよ」ということではないか。

 もうひとつは、「論より証拠」という乱暴な論理の飛躍。体調が良くなったという事実を、無条件に健康食品の効果に結びつけてしまう。これはもはや「最強の理論」と呼んでいいだろう。私は以前、「スペードのエース」といってトランプのカードを引いたら本当にスペードのエースだったことがある。このときは驚いてぞっとしたが、この事実をもって私に透視能力があるといえるだろうか。よく考えてみると、52人がスペードのエースと言ってカードを引けば、そのうちの1人くらいは当たるのだ。確率52分の1なら宝くじに当たる方がよっぽど大変だ。それでも10回引いてそれが本当に全部当たれば、私の透視能力はかなり真実味を帯びてくるだろう。事実を真実に結びつけるためには、それ相応の地道な検証が必要なのだ。それを否定する「論より証拠」という最強の理論は、事実と真実のすり替えである。本当にそう信じている場合は思い込みだし、故意にすり替える場合は立派な詐欺だ。

 自分の考えを捨てることも、最強の理論で相手を黙らせることも、私は到底受け入れることができない。そこには「」というものがない。私は少なくとも真実というものの存在を信じている。真実に基づかないシステムは、稼働しても効果を生み出すことはできない。プログラムのバグを訂正する作業は、事実から出発して小さな真実を追求する作業だ。思い込みや最強の理論は通用しない。真実に対して謙虚でなければ、結果を出すことができないのだ。

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